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○月×日(日)夜 合同公演の稽古終了後、我々「新鮮組」のメンバーは坂本龍馬の故郷である土佐へと旅立った。 今回の同行者は、新選組から沖田総司くん・勤皇の志士 桂小五郎さん・京の町娘 お琴ちゃん・そして、この人が行かなきゃ話にならんが 坂本龍馬さん。 以上四名である。 稽古終了後、身支度を整えると日付が変わらんうちにと早々に京を出発した。 高速道路完備の現代なら京から土佐までは、車で約4時間。 それなのに何を好んで夜行で土佐を目指すのか? 言わずと知れた、坂本の帰郷を待ち望んではやる気持ちがそうさせたのか? とんでもない! 「明石大橋のライトアップ、見たことないがや。いっぺん見てみたか〜」 とのたまう龍馬のせいでの夜立ちである。 おりしも台風○号の接近に伴い、雨こそは降っていないものの風力は次第に迫力を増していた。 日中、稽古場に缶詰になっていた4人は、当然天気予報なぞ見てはいない。 後で知ったのだが、海沿いは暴風警報が出ていたらしい。 快調に走る「じい2号」(注:FAの美術担当の吉田じいの車である。他にじい1号。じい3号も存在する)は、のーてんきな4人を乗せて明石大橋へ。 沖田「きれいですね〜。坂本さん」 坂本「ほんまじゃ〜!高い柱じゃのー。雲より先にてっぺんが突き出ちょる ぜよー!」 その時ナビをしていた桂は、ここに来てやっと一抹の不安を抱いていた。 桂 「…おかしい…。なんぼなんでも雲の流れが速すぎる。徐行のサインま で出ちょる。なんぞあったんじゃろか?」 おいおい、台風が接近してるんだってばー!! 取りあえず、橋を渡ったSAで情報収集。そこで始めて悪天候に気づく4人であった。 沖田「…このまま、淡路に閉じ込められちゃう…なんてないですよね」 お琴「え〜!!そんなん、いやや〜」 坂本「ええじゃなかが、そうなったらそうなった時じゃ(笑)」 桂 「…まだ大丈夫、すぐにはきませんから。でも、明日がまずいかも知れ ませんねえ。このまま行くと土佐はマトモですから…。」 騒ぐ3人を尻目に、台風情報とにらめっこしながら黙々と肉うどんを口に運ぶ桂の姿。どうやら、マジに思案を巡らせていたのは彼だけだったようだ。 予定していた海回りのコースを避けて、山周りの徳島道から高知道を進む。 しかしここも風はともかく1000メートル級の山々がそびえる四国山脈を超えなければならない。最大の敵は、「霧」だっ! 案の定でていた濃霧をかいくぐり、土佐に入ったのは夜明け前だった。 ○月△日(月) 土佐だっ!土佐だっ!4人の血(?)が騒ぐ。 夜行の疲れもなんのその、急ぎ桂浜へ。 この旅の目玉の一つである「桂浜の日の出」を見る為である。 雨は降ってはいない。しかし、空は厚い雲に覆われている。 太平洋に浮かぶ朝日を見ることが出きるのか? 4人は、足早に車を降り桂浜へ。 当然だが人っ子一人いない。 高台に海を見つめて立つ龍馬の銅像が迎えてくれる。 銅像の足元を抜ければ、そこは太平洋の大海原が広がる桂浜。 月の名所でもある桂浜は、…荒れていた…。 荒れているなんてものじゃない、こんな波の高い姿は初めて見るに等しい。 浜の遊歩道まで階段を駆け下り、風に煽られて飛んでくる塩水を頭からかぶりながら、うちの坂本さんは叫んでいた。 坂本「今、帰ったぜよー!!」
防波堤を軽く越えて打ち寄せる波をじっと睨みながら、荒れ狂う黒潮に何を思うか坂本龍馬。 風に乱れた髪を押さえつつ、海の遥かに目線をはせるお琴。 砕ける波先に思いをかけて、願掛け姿の沖田総司。 かっこよすぎる3人の後姿を浜に越し下ろし見ていた桂が一言。 桂「こーふんし過ぎて、波打ち際に近付かんで下さいよ。 間違いのう、さらわれますけえ」 …苦労性よのう、桂くん…。 これでは朝日は無理かと半ば諦めかけた時だった、厚く垂れ込めた雲の隙間から一条の光が…。 坂本「おおー!土佐の空もワシらの帰還に答えてくれちょる」 沖田「きれーですね。雲間からの海に落ちる、こんな照明舞台で出したいで すよねー」 桂 「よっしゃ、そしたらオッサー呼んでこんといけんのう(笑)」 (注:オッサーとは、FAがとてもお世話になっている照明さんです。) その後、龍馬記念館の開館時間までを仮眠をとりながら待つ事に。 車中で爆睡こく3人を尻目に坂本さんの姿が見えない。 どうやら、ずっと波の音を聞いていたらしい。 後で合流した桂さんとなにやらボソボソ密談をしていた。 沖田「あれはきっと薩長同盟の密談だったんですよ。間違い無い!」 とは、沖田くんの談。
午前9時、開館と同時に龍馬記念館へ。 ここは、桂浜の高台にあり眺望もばつぐん! 山内氏以前の領主、長曽我部氏の城跡でもある。 館内の展示物をくまなくチェックしながら、1FからB2Fを回って行く。 興味深いものばかりだったが、中でも龍馬が乙女姉さんに宛てた手紙の中で すごい人物と知り合えた事を子供の様に「エヘン、エヘン」と自慢している文面からは、偉大な坂本龍馬というより妙に人間臭い姿が浮かんでくる。 傑作だったのは、桂が龍馬に手紙の裏書を頼んでいる手紙。 繰り返し繰り返し、他言無用を説く桂の文面からは、神経質なくらい心配性であり、何とか漕ぎ着けたい思いの彼の必死の姿がみえる。 その手紙をうちの桂さんも何度も何度も戻っては、読み返していた。 気がつくともう2時前である。 時間の経つのは早いもんだ。龍馬を堪能した一行は、にわかに空腹を感じて遅いめのランチタイムをとり、今夜の宿へチェックイン。 早い目の宿入りしたには、訳が有る。 この宿は、龍馬の生誕地に立ち、館内にも資料がいっぱい。 これを目当てにこの宿に決めたのだ。 チェックインタイムには、少し早かったにもかかわらず心良く部屋に案内して頂くとそこは最上階の部屋。 南向きだったので足元には鏡川と筆山がよく見える。 少年時代の龍馬もこの川で遊び、鍛錬したことだろう。 感慨に耽っていると沖田くんの声。 沖田「坂本さんについてのペーパーテストがありますよ。25問中20点以 上正解したら龍馬の扇子がもらえるんですって」 一同「なに?!…これは、ゲットせねば!」 という事で、4人膝を突き合わせて問題と格闘中。 結果は、最高点が21点、最低点が17点。 「これはかなりの高得点ですよ」とフロントのお兄さんに誉められて、すっかり気を良くした4人であった。 あっ、賞品もちゃんと頂きました。ありがとうございます! 夕方から台風の影響が出始めたようで、雨が振り出した。 雨の中、坂本さんと桂さんは龍馬も歩いたであろう高知城下の散策へ。 時々、雨宿りしながらも夕食までには帰って来た。 特に桂さんは、上機嫌である。 桂「わし、チンチン電車に乗ったことがなかったんじゃ。 帰りに市民に紛れて乗って来た。もう、感激じゃ!」 どうやら、土佐電に乗ったらしい…。 19時から夕食タイム。 土佐名物の「カツオのたたき」は4人前が山のようで、結局制覇できませんでした。ごめんなさい。 食後、館内の資料展示を見て歩く。 1f〜7fまでの階段沿いに一面幕末展示があるのだ。 最後には、息も上がりそうになりながら階段を昇る。 その後は、宿の特設チャンネルに「龍馬チャンネル」なるものがあり、龍馬に浸りつつ就寝。雨足は、尚も強くなっていた。 ○月×日(火) 翌朝、快晴である。台風は無事進路をそらしていたらしい。 宿にお礼をいいつつチェックアウト。 高知城に向かう。 台風一過の土佐の日差しは厳しい。 堪り兼ねた坂本さんと沖田くんは、帽子を買いに走っていた。 あとの2人は、帽子を持参。 桂「あったりまえじゃろう?夏に旅すんのに持って来んほうが、おかしい!」 とのたまう桂さんは、グラサンも常備していた。 さすが、仕事がら旅慣れていらっしゃる。 高知城は、平山城とはいえ小山の上に天守が残る重文の城だ。 山内一豊の居城だった所だが、一豊といえば奥さんの方が知名度は高いかな? 天守の最上階から城下を見下ろしていると、吹き渡る風がなんとも涼しく心地良い。カラッとしている。京とは、えらい違いである。 坂本「…初めて、見たのう城からの眺めは…。 わしの家が、あんなに近く見える…」 身分制度の厳しかった土佐藩では、下士であり郷士の龍馬が見ることは叶わなかった眺めであろう。 一同、感慨を一入である。 学ぶ事の多かった土佐に別れを告げ。帰途へ着く。 今度は、桂さんの故郷へ里帰りだ。 うちの桂さんは、本当に長州の萩出身。 今回の作品は、奇遇というには、あまりに出来すぎている。 彼は、稽古で皆が四苦八苦している方言にも動じず(当たり前だけど)長州弁もかるくこなしてしまう強者だ。 次回は、桂さんの「萩日記」がお届けできる事でしょう。 しかし…いつ、行くねん!! 追記*帰途、4人は四国に来たからにゃあ「讃岐うどん」を食べてかえらない かんと、とうどん屋を目指して帰ったのでありました。 京に着くと皆の体重は、平均2キロは増えてたそうな…。チャンチャン。
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